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千葉地方裁判所 平成8年(モ)756号 決定 1996年12月19日

申立人(原告)

石本剛

(ほか一八名)

被告

(千葉県知事) 沼田武

右訴訟代理人弁護士

石津廣司

相手方

千葉県

右代表者知事

沼田武

理由

第二 当裁判所の判断

一  本件訴訟の概要及び本件文書提出の申立て

一件記録によれば、本件訴訟は、平成四年一一月八日、千葉県勝浦市守谷海岸で開催された「第一二回全国豊かな海づくり大会」(以下「本件大会」という。)において、同大会に出席した天皇及び皇后が行う稚魚放流行事のために右守谷海岸に設置され使用された稚魚放流用桟橋につき、千葉県が桟橋の設計、建設及び撤去等に要した費用合計九三〇〇万円を県予算の中から支出したこと(以下「本件支出」という。)について、いずれも千葉県の住民である申立人(原告)らが、天皇及び皇后が出席して行われた僅か一九分間の稚魚放流行事のためだけにされた本件支出は、前記大会にとって必要不可欠のものではなく、県予算の浪費であり、また憲法七条、一九条、九二条その他に違反する違法な公金支出であるなどとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、千葉県に代位し、本件支出の当時千葉県知事であった被告に対し、不法行為による損害賠償金として九三〇〇万円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求するものである。

そして、申立人らは、本件大会の実施に当たって、千葉県水産部漁政課に設置された本件大会の準備室が行った本件大会の所要経費の見積りに基づき、同大会の千葉県実行委員会(以下「千葉県実行委員会」という。)の負担金として平成四年度千葉県水産部漁政課予算に計上された五億三〇〇〇万円の負担金(現に千葉県実行委員会に交付された負担金は五億二五〇〇万円である。)の中から支出されるはずであった前記稚魚放流用桟橋の建設等の経費が、千葉県実行委員会の当初計画に反した恣意的な予算執行によって他の経費に流用され、別途千葉県予算から右桟橋建設等の経費九三〇〇万円が支出され、結果的に二重の支出がされたことを立証するため、本件各文書が必要であるとして、本件文書提出の申立てをしたものである。

二  本件各文書の存在について

申立人らは、本件各文書が存在し、相手方である千葉県において保存されていると主張するのに対し、被告は、本件各文書は現在相手方において保存されていないと主張するので、この点について検討する。

民訴法三一四条の文書提出の申立てに対する裁判においては、文書が存在し、提出を求める相手方がその文書を所持することが証明されなければならず、かつその証明責任は原則として挙証者(申立人)が負担すると解されるところ、一件記録によれば、平成四年度千葉県水産部漁政課予算に第一二回全国豊かな海づくり大会千葉県実行委員会負担金五億三〇〇〇万円が計上されたことは認められるが、右負担金の積算根拠となった文書が、本件大会に先立って千葉県水産部漁政課内に設置された本件大会準備室において作成され又は受理されたものと明確には認めることができない。また、右負担金が平成四年度千葉県水産部漁政課予算に計上されるに当たり、右負担金の積算根拠、内訳等を示した文書が作成されて千葉県水産部漁政課に提示されたことは窺われるが、右文書が現在も存在し、千葉県水産部漁政課、総務部文書課その他本件大会準備室の文書の引継ぎを受けた千葉県のいずれかの部局において保存されていると認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、本件各文書が存在し、相手方において保存されている旨の申立人らの主張はこれを採用することができない。

三  文書提出義務について

次に、相手方の提出義務の有無についても検討する。

1  申立人らは、本件各文書が民訴法三一二条二号の文書(以下「二号文書」という。)に該当すると主張し、その根拠として(1) 千葉県公文書公開条例に基づく公文書の公開請求権、(2) 住民訴訟の実効性を確保するために申立人らに認められるべき条理上の文書引渡し及び閲覧請求権を挙げるので、まずこの点について検討する。

(一)  民訴法三一二条二号は、その立法趣旨、立法の沿革等からすると、挙証者と文書所持者との間の私法上の契約関係に基づく引渡し・閲覧請求権を予定して制定されたものと解されるから、同号に定める「挙証者ガ文書ノ所持者ニ対シ其ノ引渡又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」とは、通常は挙証者が文書の所持者に対し私法上の引渡請求権又は閲覧請求権を実体法上有する場合を意味するものと解される。したがって、公法上の引渡請求権又は閲覧請求権については別異の考慮を要する。

申立人らが閲覧等請求の根拠とする公文書公開条例に基づく請求権についてみるに、右条例の趣旨・目的に照らすと、挙証者は、挙証の必要がある場合においても、まず同条例の定める手続に従って公開請求を行うべきであり、官公署が文書の閲覧等を拒否した場合には、公文書の非公開決定処分ないし公文書公開請求拒否処分の取消訴訟などの行政訴訟で解決すべきものであって、訴訟の附随手続である文書提出申立ての手続において簡易な審尋手続によって公文書公開請求の当否を判断することは、同条例に趣旨を没却することになり、妥当でない。

したがって、公文書公開条例に基づく一般的請求権を根拠として、未公開の文書の提出命令を求めることは許されず、申立人らの右主張は採用できない(なお、申立人らは、別途千葉県公文書公開条例によって、千葉県実行委員会平成四年度収支予算書の積算の細目としての文書の公開を請求したところ、不存在であるとしての受理されなかったとしているが、〔証拠略〕によれば、右請求において公開を求めた文書と本件各文書が同一であると直ちには認めることができない。)。

(二)  また、申立人らは、違法な公金の支出の是正を目的とする住民訴訟においては原告住民の証拠収集は困難であること、財務会計上の行為に関する文書の閲覧を認めることは公益に合致すること、住民訴訟は監査委員の職務権限行使の不完全さを補完する機能を有しており、地方自治法一九九条八項により監査委員に認められている関係人に対する帳簿・書類等の提出を求める権限は住民訴訟における原告住民にも認められるべきことなどを挙げ、これらの点に照らし、条理上、千葉県が申立人らに対し本件各文書の閲覧等をさせるべき義務があると主張する。

しかし、民訴法三一二条二号は、文書所持者と挙証者との間の利害の調整を図るために文書提出義務の範囲を定める趣旨の規定であるところ、住民訴訟について挙証上必要な文書の閲覧等を許す旨の明文の規定は存在しないし、住民訴訟の特質のみによって住民の地方公共団体所持の公文書に対する条理上の閲覧等請求権を肯定することは困難といわざるを得ない。また、住民訴訟が監査制度を補完する機能をも有することは否定できないが、行政内部の監査の制度と住民訴訟とを全く同視して監査委員が監査のために有する権限をそのまま住民訴訟の原告にも認めることには疑問があるのであって、あくまでも訴訟法の規定に則り住民に公文書の閲覧等の請求権があるかどうかによって決すべきである。よって、申立人らの右主張は採用できない。

(三)  したがって、本件各文書は二号文書に該当するとは認められない。

2  申立人らは、本件各文書が民訴法三一二条三号後段の文書(以下「三号後段文書」という。)に該当すると主張するので、この点についても検討する。

(一)  民訴法三一二条三号後段に定める「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレ」た文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体又はその法律関係に関連のある事項を記載した文書を意味するが、相手方がもっぱら自己使用のために作成した内部文書はこれに該当せず、また「挙証者」とは通常は文書提出の申立てをする当時者又は補助参加人をいうと解するのが相当であるところ、本件において、「挙証者」である申立人らと文書所持者である相手方(千葉県)との間に、本件大会の実施に当たっての稚魚放流用桟橋建設等の経費九三〇〇万円の公金支出について、何らかの法律関係を認めることはできないというべきである。

申立人らは、千葉県は収入を確保するために、申立人らを含む千葉県住民に対し徴税権を行使するものであり、収入及び支出の見積りの積算資料は住民の財産権と深くかかわりのある文書であるとして、本件各文書が申立人らと相手方たる千葉県との間の法律関係につき作成された文書であるとするが、住民の一般的納税義務ないし抽象的財産権のみを根拠として本件各文書をいわゆる法律関係文書と解することは、法律関係文書の範囲についての解釈として広きに過ぎるというべきであり、申立人らの右主張は採用できない。

また、申立人らは、本件各文書は予算の適正な執行を説明するために千葉県が用意すべき文書であり、千葉県の住民である申立人らはこれを閲覧する権利があるから、原告住民たる申立人らと千葉県との間の法律関係につき作成された文書であるとするが、右の点をもって法律関係につき作成された文書であるということはできない。

(二)  本件各文書は、申立て及び一件記録からは、単なる千葉県の内部文書であるか、あるいは稚魚放流用桟橋についての公金支出に関する千葉県と第三者との間の法律関係につき作成された文書のいずれであるか確定し難いが、いずれにせよ民訴法三一二条三号後段の文書に該当するとは認められない。

四  以上によれば、いずれにしても本件各文書提出の申立ては理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 濱本丈夫 大西達夫)

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